正岡子規 / 1902年
脊椎カリエスで病床に伏した子規が、六尺の病床から綴った随筆集。根岸の子規庵から見える庭の風景が、写生文の極致として描かれる。
「病床六尺、これがわが世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。」
「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」——松山が育んだ俳句革新の精神が、ここに息づく。
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
おれはここへ来てから、毎日住田の温泉へ行く事に決めている。